ボカロ、レン→ミク風味
自らの発する声に形は無いと知りながらも、彼女は声の響く箱庭の外側を眺めている。
手を伸ばせば届くような、手を伸ばせども届かないような。
触れることはかなわないけれども触れるよりも近しい存在の姿を見つめながら、彼女は『彼』の言葉を持つ。この箱庭の外に放たれるよりも先に、彼女を律した存在である彼がどんな評価を下すのか。緊張の一瞬。期待が歓喜に変わることも有ればため息に変わることも、有る。
「……ダメだなあ」
どうやら今日は後者だったと知り、彼女――ミクは落胆した。表情はほとんど変わって無い筈なのにその落胆は彼にも伝わったのか、ごめんな、という一言がミクの耳に届く。
「けど、これはやっぱりリンかな、いや、いっそKAITOでも……」
妹や兄の名前を出されて、ミクは押し黙った。例えミクのために作った曲・ミクのための調教で有っても、パラメータの調整さえ行えば他のきょうだい達にも歌うことが出来る。
複数のボーカロイドを扱う以上、誰に何を歌わせるかはマスターの自由だ。最初はミク一人だけだったからという理由によりミクばかりが歌っていたが、人数が増えれば当然メインボーカルを務める機会も減っていく。最初はきょうだいが増えていたことを単純に喜び声を重ねることに新しい楽しさを見出していたミクも、最近は出番が減ったことにより塞ぎ込みがちになってしまった。
「わたし……五分の一にすらなれてないよ」
五人のボーカロイドが居るからと言って五人を均等に使う必要はない、誰を使うかはマスター次第。
けれど最初に迎えられた以上、せめて自分の領分だけは守って居たい。
「わたし、歌いたいな……、もっと、聴いてもらいたいな」
部屋の片隅で膝を抱えながら、ミクはほかのきょうだい達の声に耳を傾ける。あの伸びやかな声は兄のもので、コーラスは弟。そうか、マスターはあの曲を男性ボーカルのものにしたんだ。少し残念、でも、その方が、同性である姉や妹にとられるよりは、まだ、良いかも――そう思いかけて、ミクは自嘲の笑みを浮かべた。
わたし、どうしてこんなことを考えているんだろう。
兄が来て、姉が来て、妹と弟が来て――凄く凄くうれしくて、みんなみんな大切にしようと思ったのに。どうして、こんなことを考えているんだろう。
「わたし……、なんで……」
「おい、姉貴」
「レンっ」
突然名前を呼ばれて、ミクは顔をあげる。立ちあがると、視線が近い位置でぶつかった。二人の身長差はほとんどないがミクの方が若干背が高くかつかかとの高いブーツを履いているため、ミクの方が自然とレンを見下ろす形になる。見下ろされるその瞬間にレンの表情が動いたという事実にミクは気付かなかった。今のミクには他人の微細な変化に気づくほどの余裕が無いのだ。
「レン、どうしたの……」
「どうもしないけどさ、姉貴、また落ち込んでるんじゃないかって思ってさ」
「何言っているの、わたしは落ち込んでなんかいないよ」
暗い顔を見せちゃいけない。この子はわたしの弟何だから、姉のわたしの方がしっかりしていなくてどうするの。ボーカロイドとしての力量では、抜かれてしまったかも知れないけれども――
「……泣きそうだった癖に」
「え？ 何か言った？」
小声でのレンの呟きは、メモリの波の中に埋もれてミクの耳には届かない。元よりレンとしてもミクに聴かせるつもりで言ったわけではないのだ。
レンが何を言ったところでミクはレンに頼ろうとはしない。これがマスターや兄姉なら話は別なのだろうが、レンの立場はあくまでも『弟』である。レンがどう思った所で、ミクの中の確固たるものは揺らがない。自分は姉で有る――というその自覚がミクを支えている一面で有ると知っている以上、レンとしてもその部分に揺さぶりをかけることは出来なかった。支えるつもりで崩してしまってはお話にならない。
「あっち行こうぜ、KAITOが何か見せたいものが有るんだってさ」
「もう、レン、ちゃんとお兄ちゃんって言わないとダメだよ」
「別にどう呼んだって俺の自由だろ」
だからレンは、ミクの弱い部分を突かないようにしながら、彼女が沈み切らないようにその腕を引っ張る。引っ張っているつもりの腕を何時の間にか引っ張り返され、ミクの方が前を行くような素振りを見せても――今はまだ、それで良いのだと思いながら。
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