これも古みくSS
ふわりふわりと、浮かぶシャボン玉。
息を吹き込まれることで命を吹き込まれたように形となって、空に浮かび、やがて消えていく。
「うわあ……」
僕の目の前で、とても上級生とは思えない出で立ちの少女が、シャボン玉をずっと眺めている。
「こういうものには、余り馴染みはありませんか?」
彼女は、遠い遠い未来から来た少女。もしかしたら、その時代にはシャボン玉を作って遊ぶような習慣は無いのかもしれない。そうだとしたら、まるで初めて見たかのようなどこか初々しい反応にも頷ける。
「あ、それは……」
「これも『禁則事項』ですか?」
「……すみません」
顔を僅かに曇らせて、彼女が頷く。
『禁則事項』それは、彼女を縛る規則の一つ。こんな風に無邪気に遊んでいるようなときですら、時の流れに逆らって存在する少女の周りには、形にならない呪縛がたくさん存在している。
僕は僕を縛る幾つかのものを思い出して照らし合わせようかとも思ったけれども、その想像を途中で振り払った。
こんなこと、考えたって何の意味も無い。
不幸比べなんて馬鹿馬鹿しいことをしたって、誰も救われない。
僕も、彼女も。他の人達も。
「……古泉くん?」
「シャボン玉、今度は自分で作ってみますか?」
「あ、うん……。でも、上手く出来るかな……」
彼女はつい先ほど、自分でシャボン玉を作ろうとして何度か失敗している。多分、息を吹き込むときの加減が分からなかったのだろう。
「ゆっくり息を吹き込めば大丈夫ですよ」
「ゆっくり、ですか?」
「……お手本を見せましょうか?」
「お願いします」
神妙な顔で、彼女が頷く。そんなに、緊張しなくてもいいのに。
というより、この距離だと……、お手本と言った手前、僕の方が少し緊張するかもしれない。子供のころならいざ知らず、高校生にもなって、異性の目の前で、シャボン玉に息を吹き込むお手本、なんてことをする人間はそうそう居ないだろう。
僕の口元に寄せられる朝比奈さんの視線。
……一瞬、ほんの一瞬だけ、関係ないことを考えそうになった。
「あの……、まだですか?」
「今やりますよ」
彼女に指摘されて、我に帰る。
駄目だな……、こんなこと、考えても仕方ないのに。
僕は彼女が寄せてくれる視線の意味をもう一度考えてから、そっとシャボン玉に息を吹き込んだ。ストローの先から、シャボン玉が幾つも出来ていく。
「凄い……」
「あなたにも出来ますよ」
「そう、でしょうか……」
「大丈夫ですよ、やってみてください」
「はい……」
朝比奈さんが、自分のためのストローの先に、シャボン玉を作るための液体を軽くつける。
そして、そっと息を吹き込んだ。
「うわあ……」
彼女が手にしたストローの先から、シャボン玉が広がっていった。
小さな連なりが光を反射して、どこか懐かしくて幻想的な光景を、僕等の目の前に作り出す。
「ちゃんと出来ましたね」
「は、はい……。良かったあ。これも、古泉くんのおかげですね」
彼女はそう言って、その可愛らしい顔をふわりとほころばせた。
無邪気な、子供みたいな笑顔。
愛らしいと、そういう風に言っても良いんだろうか。
「たいしたことじゃないですよ」
シャボン玉のお手本なんて、本当にたいしたことじゃない。
だから僕は、こんな些細なことで喜んだり感謝したりしている朝比奈さんが少し子供っぽく見えて、どうしてこんな風に素直になれるんだろうなと思って……、そして、そんな彼女が少し羨ましくなる。
彼女はきっと、僕がどこかに忘れてしまったものを、今も心のどこかに持ち続けている。
「でも、古泉くんのおかげです。……シャボン玉、二人でもっとたくさん作りましょうね」
「ええ、そうしましょうか」
僕はきっと、彼女のようにはなれない。
でも……、こうして、同じ時間を、一緒のことをして過ごすことが出来る。
それから僕達は、用意していたシャボン液が無くなるまで、ずっとシャボン玉を作り続けたいた。
……童心に帰るような想いを抱く傍ら、僕の心は時折、シャボン玉に息を吹き込む彼女の唇に捉われていた。
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