古みく? SS。
下駄箱に手紙、というと普通の人は何を想像するんだろうか。
ラブレター? 果たし状? どっちも間違いじゃない。でも僕は、それ以外のパターンが存在することを知っている。
僕が実際に出会ったわけじゃない、でも、そういう出来事が存在することを知っているんだ。
どうしてそういう想像が先に来たかって? それは多分、手紙の表に有る『古泉くんへ』と書かれた文字に心当たりが有っただろう。
それは、SOS団のマスコットメイドと化している朝比奈みくるという、実は未来人という属性持ちの少女の筆致だったからだ。
だからこれは、つまり……、きっと、彼女からの、時間旅行へのお誘いなんだ!
今まで何度も、というほどじゃないけど、僕とは無関係なところで行われていたらしい時間旅行。……憧れへの扉が、ようやくこれで開けるんだ。
僕ははやる心を抑えながら、鞄を教室の机に置き、ホームルーム前までの短い時間の間に、男子トイレの個室に忍び込んだ。
手紙の中には、便箋が一枚きり。
『昼休みに屋上で待っています 朝比奈みくる』
と書いてあった。
字体はやっぱり、彼女のもので間違いない。
ああ、これで憧れの時間移動が……、わくわくする心を鎮めながら、僕はその便箋を封筒の中に入れ、そっとブレザーのうちポケットにしまった。
それから昼休みまでの時間は、大分長く感じられた。
何時もと同じただの授業が異様に長く感じられる。こういう時間こそ、時間移動で飛ばせればいいのに、何てことを思わないわけじゃない。
でも、そんな時間とももうすぐおさらばだ。
僕がどこの時間へ行って何をすることになるのかは分からないけれど、これで漸く、憧れの時間移動が出来るんだ。
四時間目の授業が終わった直後、僕は一緒に学食に行かないかと話しかけて来たクラスメイト達に断りを入れ、屋上へと向かった。
階段を上り切り扉を開いたその向こうに、朝比奈さんは一人で立っていた。
「あの、朝比奈さん……、約束どおり、来ましたよ」
「古泉くん……、来てくれて、ありがとう」
空の方をただ眺めていた朝比奈さんが僕の声に気づいて振り返り、さっと頭を下げた。
何だろう、どこか少し寂しげな表情をしているように見える。……どうしてだろうか。今回の任務は、何か面倒なことが絡むようなことなんだろうか。
「いえいえ、あなたの頼みですからね」
時間旅行が出来るというのなら、僕はどこへだって行こう。
行った先で取り返しのつかないことになるのだけは勘弁願いたいが、さすがにそんな無茶な自体にはならないだろう。……多分。
「あ、その……、あのね、古泉くん」
朝比奈さんが、視線をあっちこっちに彷徨わせた挙句、漸く、僕の顔を正面から捉えられる位置で固定した。
「はい、何でしょうか」
どうぞ、何でも言ってください。
時間旅行が出来るのなら、何時の時代でも構いませんよ。時間旅行が出来る、その一点が最重要なのですから。
「あの……、わたし、あなたが好きです」
……。
……。
……えっと?
彼女は今、何て言ったのだろう……。好き?
彼女が、僕を?
「……は?」
「だから、その、わたしは……、本当は、駄目、何ですけど……」
「あのう」
「は、はいっ」
僕の呼びかけに、朝比奈さんはびくっとなって肩を震わせる。
こういう展開は、予想外すぎた。
でも、これはつまり……。
「あの……、時間移動とかでは無いんですか?」
「え、あ……」
「ええっと、僕と一緒に、タイムトラベルとか」
「あ、ち、違います……。そういうのじゃ、無いんです。任務とかじゃ、なくて、これは、わたしの個人的な……、個人的な話し、なんです」
「……そう、ですか」
「あ、あの……、古泉くん?」
朝比奈さんの目が、寂しげに揺れる。
「いえ……、ああ、何でもないんです」
僕はそっと、首を振った。
朝比奈さんの表情が段々沈んでいくのが感じ取れたけれども、僕にはどうすれば良いかよく分からなかった。第一、彼女の行動が予想外すぎた。
勝手に期待していた僕も僕だろう、という気はするけれど。
「あ、の、迷惑……、でしたか?」
「……」
「ご、ごめんなさい、わたし……」
答える言葉を失う僕の隣を、朝比奈さんが走り抜けて行った。
時間旅行への憧れと、淡い恋心。
噛み合わない僕等の思いだけを、屋上に残して。
終わってないけど終わり!
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